研究内容

01 H3K9メチル化の動的変動による生殖細胞の分化制御機構

ヒストンH3の9番目のリジン(H3K9)のメチル化修飾は、遺伝子発現が抑制されたクロマチン(ヘテロクロマチン)を代表するエピジェネティックマークです。生殖細胞は個体発生の非常に早い時期に出現し、様々な分化過程を経たのちに、精子や卵子などの配偶子へと最終分化します。私たちはこれまでに、生殖細胞分のいくつかの分化過程でH3K9のメチル化レベルがドラスティックに変動することを見出しました。生殖細胞分化におけるH3K9メチル化の動的変動の生理的な意義を明らかにするとともに、この変動をもたらす分子メカニズムを解明します。

Jmjd1aとJmjd1bを欠損させたマウスの精巣組織の免疫染色像。TRA98は雄性生殖細胞、SOX9は体細胞を示している。Jmjd1aとJmjd1bを欠損を欠損したマウスでは、生後から徐々に雄性生殖細胞が減少し、15日でほぼ完全に消失してしまう。Jmjd1aファミリー分子が雄性生殖細胞の維持に必須であることが分かる。​

参考文献​
Kuroki et al. Stem Cell Rep 2020. [PubMed]

02 H3K9メチル化のWriter/Eraser/Readerによるヘテロクロマチンの構築・維持機構の解明

高等真核生物では、セントロメア近傍配列やレトロトランスポゾン配列などがヘテロクロマチン構造をとっています。前述したように、H3K9が高度にメチル化されていることがヘテロクロマチンの特徴の一つです。H3K9のメチル化修飾には、修飾を書き込む分子(Writer)だけでなく、消去分子(Eraser)、読み取り分子(Reader)の3者が関わっています。これら3者がどのようにヘテロクロマチンの確立や維持に関わっているのかを、細胞レベル・分子レベルで明らかにしていきます。​

ほ乳類においてH3K9のメチル化修飾に関わるタンパク質とその機能を示した概略図。WriterはH3K9メチル化を書き込むメチル化酵素、EraserはH3K9メチル化を取り除く脱メチル化酵素である。 ヘテロクロマチン構造は、修飾認識因子であるReaderがH3K9メチル化に結合し、凝集することで形成される。この凝集により転写活性化因子のアクセスが妨げられ、遺伝子やレトロトランスポゾンの発現が抑制される。​​

参考文献​
Maeda & Tachibana EMBO Rep 2022. [PubMed]

03 ほ乳類性決定遺伝子Sryのエピジェネティックな制御機構の解明​

ほ乳類性決定遺伝子であるSryは、個体のオス化に必須の遺伝子です。Sryは発生の特定の時期に特定の細胞種でのみ発現します。これまでに私たちは、Sryのユニークな発現様式にH3K9の脱メチル化が深く関わっていることを明らかにしました。また最近では、母体の環境要因もマウスの性決定に影響を及ぼすことを見出しています。Sryのエピゲノム制御の分子機構を明らかにするとともに、母体環境がSryのエピゲノム制御にどのように働きかけるのかを明らかにしていきます。​

SOX9(精巣細胞マーカー)とFoxl2(卵巣細胞マーカー)に対する抗体で胎仔期生殖腺を免疫染色した像。H3K9の脱メチル化酵素Jmjd1aを欠損させるとXY生殖腺は卵巣化する。この遺伝的背景でさらにH3K9メチル化酵素GLPを欠損させると、精巣化が復活する。精巣・卵巣への分化はH3K9メチル化のバランスで制御されていることが分かる。​

参考文献​
Okashita et al. Proc Natl Acad Sci USA 2023.​ [PubMed]    Okashita et al. Sci Rep 2019.​ [PubMed]
Kuroki et al. PLoS Genet 2017.​ [PubMed]             Kuroki et al. Science 2013.​ [PubMed]

04 ほ乳類性決定遺伝子Sryの遺伝子構造の解明

2020年には、「ほ乳類性決定遺伝子Sryは単一エキソンからなる」という30年間信じ込まれていた定説を覆す研究成果を発表しました。すなわち、マウスSryには第2エキソンが存在し、このエキソンを使って翻訳されるSRYタンパク質(SRY-T)が、生体内で機能する正真正銘の性決定因子であることを明らかにしました。また、旧来知られている単一エキソン型SRYタンパク質(SRY-S)はC末にデグロン配列を有し、極めて分解されやすいことを明らかにしました。これらの点を踏まえ、げっ歯類を含む様々なほ乳類のSryの遺伝子構造を検証していきます。

マウス性決定遺伝子Sryに隣接するパリンドローム配列から、これまで未同定の転写産物が転写されていることを発見。包括的トランスクリプトーム解析を行うことで、これがSryの第2エキソン(”隠れエキソン”)であることを明らかにした(図の緑部分)。この”隠れエキソン”を使った転写産物が真の性決定因子SRY-Tをコードしていることを突き止めた。​

参考文献​
Miyawaki et al. Science 2020. [PubMed]